私の専門は心理学です。これまで調査法や実験法を駆使し、人々の安全・健康を促進する説得的コミュニケーションの心理的効果を分析してきました。グローバル化が進み、人の移動が自由になった結果、エイズ、エボラ出血熱、新型コロナウイルス感染症等の新しい感染症が発見されるや、急速に広がるようになりました。新しい感染症が発見されると、きまって感染した患者さんやその家族に対する偏見と差別、さらには深刻な人権侵害が生じる歴史を繰り返してきました。
私はこの問題の解決に貢献したいと考えました。説得的コミュニケーション研究の枠組みを用い、性感染症の一つであるエイズを話題とし、感染予防と患者との共生を両立する教育のあり方を検討しました。防護動機理論(protection motivation theory)を援用し、日本で実際に市販されたビデオ教材を4つに類型化しました。そして、大学生にビデオ教材の中から1つを視聴してもらい、感染予防と患者に対する態度を測定しました。その結果、感染経路の知識に加え、予防方法が効果的であることやウイルス検査が簡単であることを伝える教材が、予防と共生の両立に寄与することがわかりました。感染症の知識や患者との共生だけを伝える教材は限定的な効果のみでした。つまり、リスクの特性を知り、感染を予防行動や検査でコントロールできる自信をもつこと、つまり「正しく恐れる」ことが、予防と共生の両立に重要だったのです。
私たちの周囲には、多くのリスクが存在します。私たちの安全・健康を守るには、どうしたらよいのか。リスクを恐れることは人の心理として当たり前ですが、ゼロリスクを目指すことは、人権侵害だけでなく経済社会の崩壊にもつながります。エイズもそうでしたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行からも、リスクを正しく恐れることの大切さを改めて感じています。
効果検証のために実験で利用したエイズのビデオ教材
木村 堅一(国際学群 経営情報教育研究学系 教授) 【人物紹介】 |