研究テーマとの不可思議な邂逅
(上間篤 国際文化教育研究学系 教授)
小職は、過去10年以上に亘り、中世今帰仁勢力にゆかりの出土史料に関して、従来の歴史認識に囚われることなく、世界史の視座を拠り所にして研究を行ってきた。これまでに考察した出土史料は分類上も多岐にわたるが、興味深いことに各々の史料が開闢する事柄は総じて元王朝との関わりを裏打ちする内容を孕んでいる。中世に征服王朝として東アジアに君臨した元王朝は、西域から召集した14万人規模の騎馬部族を長江流域のデルタ地帯に集中的に配置し、中華本土の経営にあたった。中世今帰仁勢力の文化的性格を傍証する一連の出土史料は、いみじくもかかる勢力との関わりを色濃く反映する特色を帯びている。
問題の考古史料の内訳は大別して、大麦・小麦・粟などを含む穀類の炭化粒、グレコ・ローマン様式を反映する左回転の携行用石臼、色目騎馬軍団の軍装備の系譜に連なる短冊形状携行用石製ヤスリ、4種の異色のヤジリ: ①扁平鏃のツアブチュール・ゼブ(цачуур ззв); ②扁平鏃のザスリーン・スム(засын сум); ③スキタイ系の三角鏃; ④4面立体三角骨製ヤジリ[形状はモンゴル騎馬軍団のウチマグ(учимаг)に近似]、常用の小刀類、ギリシャ十字を髣髴とさせる十字紋意匠、キルギスの騎馬武者をあしらった青花碗、アラン有翼獣意匠との関連が指摘される天馬有翼意匠、遊牧文化ゆかりの卍紋、イラン文化ゆかりの豹紋意匠、色分けされた石駒とサイコロ(ナルドの遊びを証左する物証 ―ササーン朝ペルシャで考案された盤上の陣取り遊び― 唐代の中国に伝来して双六と命名される)、といった異色の品々からなる。
中世今帰仁の天馬意匠 (今帰仁城跡出土) |
アラン有翼獣意匠 (南ロシア出土) |
アラン有翼獣意匠 (ハンガリー出土) |
アラン有翼獣意匠 (南仏出土) |
2012年10月
[研究テーマとの邂逅]
小職がアランと呼ばれるイラン系騎馬部族の存在を知ったのはスペイン語専攻の学生としてミズリー大学で学部時代を過ごした1970年代に遡る。必修科目であった「スペインの歴史と文化」を受講した際、ローマ帝国の斜陽期に東方出自のアランの民が同盟関係にあったヴァンダル族(ゲルマン種族)とともにピレネー山脈を越えてスペインに到達した史実を学んだ。爾来アラン族に関する興味と関心は久しく消え失せることなく今日に至っている。既述に紹介した研究の芽生えは、学部時代にアラン族の動向に関心を抱いたことと密接に絡んでいる。中世今帰仁勢力にゆかりの出土史料は文化史的に見て計り知れない価値を有していると判断され、今後はこれまでに発表した研究成果を集約して外国語に翻訳し、言及した出土史料の重要性ならびに中世今帰仁勢力の出自の問題及び文化的性格などについて、窓口を広げて紹介していくことを考えている。
上間 篤(うえま あつし)
※上間先生は2013年3月末日で退職いたしました