スポーツ界のスキャンダルが後を絶ちません。報道されている多くの問題は突発的に生じたのではなく、幾年にもわたって続いていたものが顕在化したと言えるでしょう。その点においては、スポーツ界は良い方向に向かっているのかもしれません。メディアの取り上げ方にもよりますが、今後も、あらゆる問題が浮き彫りになってくるでしょう。
今月に入り、スポーツにおける問題を取り扱った、非常に興味深い書籍を読む機会を得ました。本間龍氏による『ブラックボランティア』です。本号では、スポーツにおけるボランティアの問題について触れたいと思います。
最近のニュースでは、行方不明になった2歳児をボランティアで参加した尾畑春夫氏が救出したことが大きく報じられました。尾畑氏の言動に対しては、私だけでなく多くの人々が驚嘆し、尊敬の念を抱いたと思います。メディアで取り上げられている、各競技団体で権力を握ったインパクトの強い方達とは異なった意味において、「こんな人が存在したのか」という思いを抱きました。今回は、尾畑氏が脚光を浴びる形になりましたが、私達が知り得ない「スーパーボランティア」は世に存在していると推察します。
本間龍氏が『ブラックボランティア』の中で取り上げたのは、このような行方不明者の救助や、復興支援に関するボランティアではありません。2020年の東京五輪におけるボランティアについてです。本書では、巨大な商業イベントである東京五輪において、11万人以上と予想されるボランティアがすべて無償であることの問題性を問うています。五輪の実体は「高難度の技術を身につけたプロ選手たちが技を競う商業イベントであり、その運営は巨額のスポンサー料で賄われている。その中核を担う組織委、JOC、電通などの運営陣はすべて超高額の有給スタッフたちであり、あまりの厚遇ぶりに、『オリンピック貴族』とも呼ばれる有様だ」と本間氏は主張します。
五輪ではありませんが、私は10年ほど前に、本間氏と同様の問題意識を持ちました。そのきっかけとなったのは、2007年に大阪で開催された世界陸上でした。私は会場でトップアスリート達の競技を観戦しましたが、8月の暑さの中、ボランティアに励む人達の姿がそれ以上に印象に残りました。一方で、世界陸上を放送するテレビ局は大きな利益をあげ、また、大会に関わった関係者の一部には、高額のギャラが支払われたとの報道を目にしました。
私はこれまで、トライアスロン大会に20回ほど出場しました。どの大会においても、多くのボランティアの方々にサポートいただき、感謝しかありません。また、トライアスロン大会へはエントリー費のみで1万円から3万円が必要であり、アイアンマンといった長い距離のレースになれば4万円をこえることもあります。無償のボランティアの方々がいなければ、さらに高額にならざるをえません。私自身もこれまで、トライアスロン大会でのボランティアを行いましたが、仮にボランティアを行う前に、一部の人達に高額のギャラが支払われることが知らされれば、ボランティアは行わなかったでしょう。
尾畑氏が2歳児を救出した後もご家族からの風呂の提供などを断り、自己完結としてのボランティアを貫かれる姿には感動を覚えました。一方で、尾畑氏のようなボランティア像を、東京五輪のスポーツボランティアに求めるのは筋違いでしょう。人命救助や災害ボランティアとは異なり、東京五輪においては主催者である団体や企業が巨額の利益を得ており、そのような中で無償のボランティアを求めることはあまりには前提が異なるためです。世の中には様々なボランティアが存在する中、「スポーツに関するボランティアが最もブラック」といった評価が今後なされないような取り組みを望むばかりです。
スポーツ健康学科では、スポーツを「する」ことや「みる」ことだけでなく、「ささえる」ことについても学習します。ただ「ささえる」のではなく、「ささえ方」についても考える力が必要であると考えています。
スポーツ健康学科 大峰 光博