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【スポ健 COLUMN】第7号『運動部活動の連帯責任(2)』

掲載日:2017年10月11日スポ健コラム

 本号では、前号に引き続き、スポーツにおける連帯責任の問題について考えたいと思います。連帯責任に関する研究は、日本の研究者だけでなく、海外の研究者によっても試みられてきました。連帯責任である"collective responsibility"の是非に関しては、少なくない研究成果が存在します。中でも、政治哲学領域におけるRäikkäやMillerの研究は、連帯責任を考える上で示唆に富んでいます。両者を参考にすると、以下の3つの条件が満たされているにも関わらず、当該行為に対して反対の行動をとらない場合は、連帯責任が問われます。

  1. 深刻なリスクなしに、反対する機会を持っている。
  2. 容易に入手できる知識によって、反対する機会を持っている。
  3. 反対することが完全に無益なものでなく、何らかの貢献できる見込みがある。

 運動部活動における部内暴力(いじめ)を、以下の事例をもとに考えたいと思います。ある運動部活動において、一部の部員達によって部内暴力が起こりました。ある部員は、暴力行為には直接的に関わっていません。しかしながら、部内暴力に反対することに深刻なリスクがなく、容易に入手できる知識によって反対することが可能であり、反対することは完全に無益ではない状況にありました。このような状況において反対の行動をとらなかった場合には、RäikkäやMillerの研究を参考にすると、当該部員は責任を問われます。逆のケースとして、命の危険が脅かされるような状況において、反対の行動をとらなかったとしても、当事者に責任は課されません。上記の3条件は部内暴力(いじめ)だけでなく、部員の喫煙や飲酒、さらには、窃盗の事例についても、あてはめて考えることが可能です。

 私は連帯責任を課すことが、前近代的な支配関係の残存であり、野蛮な現象であるとは考えていません。個々の事例の状況を加味せずに、いたずらに連帯責任を課すことが野蛮な現象であると考えています。その際に、RäikkäやMillerが示した3条件を考慮することが重要であると考えています。

 前号のコラムでご紹介したように、昨今は、部員の不祥事に対して対外試合禁止処分といった連帯責任を課すことには、否定的な意見が多いと言えます。しかしながら、練習中に部員1人のミスから、チーム全員に罰としての走り込みといった連帯責任を指導者が課す行為に対しては、様相が異なってきます。先日もテレビ番組において、練習中の連帯責任を課す指導者に対して、コメンテーターの方々が賞賛の言葉を送っていました。私個人としては強い違和感を持ちましたが、部活動の練習中において連帯責任を課すことに対しては、テレビ番組でのコメンテーターの方々だけでなく、社会においても肯定的な意見が少なくないように感じます。

 連帯責任の問題は、運動部活動においてのみ顕在化してくるわけではありません。学校生活におけるいじめの問題にも関わってきます。また、会社における不祥事や、国家による戦争犯罪といった問題にも関わってきます。

 スポーツ健康学科では、スポーツにおける事象を通して、連帯責任について考える授業も採用しています。

スポーツ健康学科 大峰 光博

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